武道研究会 隻声塾 武辺話聞き書き

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櫛挽道守
木内 昇

集英社
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江戸にも京にも、腕の立つ櫛師はたくさんおるんや。
それぞれ秀でた芸を持っとって、商いの上でもうまいことやっとる。
ただわしには、どの師匠もさほどの腕とは思えんかった。
吾助さんが一番やったいうのはまことのことや。
それまで出会った櫛職人とは、頭ふたつもみっつも出とるように思えたんや。

江戸ではな、職人同士がえらい競い合っとる。
そのせいか、いらんしがらみも多い。
独り立ちするには誰それの後ろ盾がないとあかん、
誰それにつけば楽や、
どこの商人に取り入るのがええと、そんな話ばかりが飛び交っとる。

弟子の中には、技磨くのそっちのけで力のある者に媚びへつらう奴もたんとおる。
実際に胡麻擂った奴がええ目を見たりもしとる。
わしは、そないなさもしいやり方に収まる器やない、そないな半端な腕やないと、わかっとったさけな。

そないなくだらないことに刻を割くんやったら、なんのしがらみもない山奥で試してみようと思ったんや。

居眠り磐音 江戸双紙
探梅ノ家
佐伯泰英

双葉文庫

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磐音、いつかはそなたに申そうと考えておったことがある。

技量が上がれば上がるほど人というもの、つい刀を抜いて事の決着を図りたがるものじや。
だが、それは下の下の下策。
真の達人は剣を鞘に納めたまま勝ちを得る。
そなたの務めには切羽詰まった戦いもあろう。だが、そのことを頭の隅においておくがよい。
そなたにはそれができようと思うてな。

磐音が手にしていたのは五尺度の長さの六角の杖だ。
磐音の嘆きに大黒天と思しき剣術家が素早く反応して、八双の剣を突進に合わせて振り下ろしてきた。
磐音が構えた杖が、迫り来る大黒天の肢の脛を素早く薙いだ。
剣と杖では間合いが違った。
五尺の杖が、ごつん と骨の音を響かせ、悲鳴を上げた黒衣の大黒天が畦道に転がった。

居眠り磐音 江戸双紙
無月の橋
佐伯泰英
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昼餉はどうしたものか。
と米櫃の中味を考えた。
米は一升ほど残っていたはずだが、菜は数日前長屋に来た棒手振りの青物屋から買い求めた茄子が二本残っているだけだ。
米と茄子でどうしたものか。

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諦めがなかなかつきませんかえ。

天から授けられた境遇は受け入れたつもりだ。
だが、まだまだ未熟ゆえ、時に無性に寂しくなる。

それが人間でさ。
色欲と一緒にしてはいけねえかもしれねえが、偉えお坊さんにだって、死に際に怖さのあまり泣き叫ぶ人がいると聞いたことがありまさあ。
悟ったようでなかなか悟りきれねえ。
だから、人間、一生修行するんじゃござんせんか。

一生修行か。

そう、女も修行、剣術も修行。
下手に悟ったら万事が終わりだ。
悩むからいいんでさ。

よい話を聞かせてもろうた。

旦那、爺の話を聞いてくれて有難うよ。

元気で稼がれよ。

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